2025.12.19

第5回| コーヒーで人と人が繋がるきっかけをつくる。〈MIA MIA〉ヴォーン・アリソンさん。

食、住まい、交通……。私たちの文化や習慣、暮らしの定番は、外国の方から見たら面白く、未来につながるポイントが多くあるようです。この連載では、そんな人たちが見つけ出した「未来の種」にフォーカス。「Seeds of Japan’s future(日本の未来の種)」と題し、日本で働いたり、暮らしたりしている外国出身の目利きに話を伺い、私たちが見えていない・気づいていない日本の魅力を新たに発見していきます。

 

第5回にご登場いただくのは、オーストラリア・メルボルン出身で、東京・東長崎と蔵前でコーヒーショップ〈MIA MIA(マイア マイア)〉を営むヴォーン・アリソンさん。世界的なコーヒーの街・メルボルンで育ち、日本に惹かれ続けて20年以上。「日本にはおいしいコーヒーはあるけれど、本当の意味でのカフェが足りない」と語ります。そんなヴォーンさんが大切にしているのは、1杯のコーヒーをきっかけに、世代も国籍も異なる人が自然と繋がる場を育てること。ヴォーンさんが考える、人と人が繋がる場所の価値、そして日本の都市に蒔きたい「未来の種」とは。

 

(文:船橋麻貴/写真:嶋崎征弘)

Profile

ヴォーン・アリソンさん(Vaughan Allison)

オーストラリア・メルボルン出身。2020年に、東京・東長崎に〈MIA MIA Tokyo〉、2025年に、蔵前に〈MIA MIA Kuramae〉をオープン。日本のコーヒーカルチャーを世界に発信するライター、インフルエンサー、モデル、音楽プロモーター、イベント企画、コンサルタントなど多彩な活動を行う。

https://www.vaughan.tokyo/

未来の種①

親切で丁寧で誠実。日本には人を引き寄せる引力がある

僕が日本に興味を持ったのは、本当に偶然の積み重ねなんです。最初は小学校3年生の時。学校で外国語の授業を選択しなきゃいけなくて、フランス語やインドネシア語も選べたなかで、なんとなく日本語を選んだ。理由はとくになかったんですけど、なぜか卒業までずっと勉強し続けたんです。

 

決定的な出会いは、高校生の時でした。母がダンススクールの先生をしていたんですが、そこに日本から留学生がやってきたんです。その家族とすごく仲良くなって、「ヴォーン、日本においでよ」と招待してもらいました。高校1年生の時、初めて東京に来て、もう衝撃を受けましたね。「わあ、すごい!」って。ディズニーランドや東京タワーも楽しかったけど、何より感動したのは「人」と「平和さ」でした。東京はニューヨークやロンドンと同じような大都市で、こんなに人がいるのに、みんなピースフルで揉めごとがない。一番驚いたのは、財布をなくした時です。海外じゃ絶対に戻ってこないでしょう? でも日本では戻ってきた。20年以上経った今でも、この国に息づく良心はすごいと思います。

それと、日本の職人文化にも惹かれました。デパートで買い物をした時のラッピング1つとっても、すごい技術じゃないですか。皆自分の仕事に誇りを持っていて、繰り返し技を磨いてマスターしている。どこへ行ってもおいしいものが食べられるし、親切で丁寧で誠実で嫌な経験をしたことがほとんどないんです。

 

日本の大学を卒業後、一度オーストラリアに戻ったりもしましたが、結局また日本に帰ってきてしまいました。何というか、日本には、自然と引き寄せられる引力のようなものがあるんです。日本は僕にとって、とても住みやすくて、自分自身のポテンシャルをもっと引き出せる場所。直感的にそう感じているから、初めて来てから20年以上、人生の半分近くを日本で過ごし、その魅力に惹かれて続けているんだと思います。

未来の種②

日本に必要なのは、会話が生まれる場所

僕は、コーヒーの街・メルボルン出身です。街には個人経営の小さなカフェがたくさんあって、みんな毎朝のルーティンで通う店が決まっている。そこで大事なのは、コーヒーの味だけじゃないんです。元気をもらうことなんです。お店に入ると、オーナーが名前を覚えてくれていて、「元気?」「仕事うまくいってる?」なんて声をかけてくれる。お店にいる人たちの目が生き生きとしているんですよ。カフェはただの給油所じゃなくて、人間同士の交流がある場所なんです。

 

僕が日本に来た頃、ちょうどサードウェーブコーヒーのブームが来ていました。豆の産地にこだわった、ものすごくおいしいコーヒーを出す店がたくさんできていた。僕も大好きで、毎日通い詰めて、全財産をコーヒーにつぎ込むくらいでした(笑)。でも、何かが「足りない」と感じていたんです。

日本にはおいしいコーヒーがあるし、おもてなしも素晴らしい。だけど、人が交わる仕掛けが少ないと思ったんです。カフェに入っても、シーンとしていて誰もしゃべっていない。「いらっしゃいませ」「ありがとうございました」というマニュアル通りの言葉はあっても、人間味をあまり感じられないことが多かった。とくに今は、皆どこにいてもスマホに夢中でオンラインの世界にいますよね。でも、やっぱり人間にはリアルな人が必要なんです。社会的な問題や孤独、メンタルヘルス……、いろいろと大変な時代だからこそ、誰かと目を合わせて「おはよう」「いってらっしゃい」と言い合える場所が絶対に必要だと思いました。日本の素晴らしい喫茶店文化も減ってきているなかで、僕がメルボルンで体験してきたようなカフェ、つまり家の延長にあるような、地域の社交場をつくりたかったんです。

未来の種③

余白の多い街だからこそ、一番になれる

〈MIA MIA〉を出す場所に選んだのは、池袋から少し離れた東長崎という街です。全然知らない場所だったんですが、調べてみると面白い歴史があった。かつて「池袋モンパルナス」と呼ばれていて、漫画家の手塚治虫さんたちが住んでいた「トキワ荘」があったり、若い芸術家たちが集まって切磋琢磨していたアトリエ村の文化があったんです。近くに大学もあって、家賃も安い。ここなら、地域の社交場づくりに挑戦できるんじゃないかと思いました。

 

でも、いざ物件を決める時は怖かったです。商店街といってもシャッターが閉まっている店が多くて、歩いている人もまばら。「数年前にできたカフェはすぐ閉店したよ」「やめたほうがいい」なんて近所の人に言われました(笑)。パン屋さんすら近くにないような状況でした。でも逆に、「ここなら一番になれるかもしれない」とも思ったんです。競合がいないし、街に「足りないもの」をつくれば、きっと人は来てくれるはずだと。

オープンしたのは、コロナ禍の真っ只中の2020年の春。僕たちがやったことは、シンプルです。とにかく窓を開け放って、通りに向かって「音」と「空気」を染み出すこと。そして、通りかかる人に挨拶すること。最初はみんな遠巻きに見ていましたけど、僕が「おはようございます!」「元気?」って声をかけ続けるうちに、少しずつ街の空気が変わっていったんです。

 

ランナーの人が店の前を通ったら、「そのまま走って入ってきて!」って冗談を言ったり(笑)。バイオリンを持っている人がいたら、「1曲弾いてよ!」ってお願いしちゃう。そうすると、本当に弾いてくれて、店にいたほかのお客さんが拍手して、涙を流して感動したりする。そういうライブな出来事が毎日起きるようになると、わざわざ遠くからも人が来てくれるようになりました。「何もない」と言われた場所でしたが、実は皆こういう場所を求めていたんだと思います。

未来の種④

シャイな日本人はいない。きっかけがあれば、会話は広がる

「日本人はシャイだから、知らない人と話すのは苦手でしょう?」とよく聞かれますが、僕はそうは思いません。居酒屋に行ってみてください。ネクタイを緩めて、隣の席の人とすぐに仲良くなって乾杯しているじゃないですか。温泉だってそう。裸の付き合いで、知らない人と自然に話していますよね。本来、日本人はオープンで話好きな気質を持っているんです。ただ、カフェのような場所で、どう話しかけていいかわからない。その会話や交流のきっかけがなかっただけなんです。

 

だから、〈MIA MIA〉では僕たちがそのスイッチを押す役目になれたらいいなと思っています。一緒に働いてくれているスタッフも、「いらっしゃいませ」という一方的な言葉ではなく、「こんにちは!」「元気?」と友達に話しかけるように声をかけています。そうやってこちらから心を開くと、お客さんもすごくいい笑顔で返してくれるんですよ。「シャイ」だなんて嘘みたいに。

2025年の夏にオープンした〈MIA MIA Kuramae〉。オープン間もないながら、すでに人と人が繋がっている

こんなエピソードがあります。蔵前の〈MIA MIA Kuramae〉は宿泊施設にもなっているんですが、泊まる予定だったお客さんが骨折していて、外出できなくなってしまったことがありました。それを聞いた常連のお客さんが、「じゃあ私がピザを届けてあげるよ」って近くのお店でピザを買ってきて、その人の部屋まで届けてあげたんです。見ず知らずの人同士ですよ? でも、困っている人がいたら助けるというのは人間として自然なことですよね。〈MIA MIA〉という場所が、そういう本来の優しさを引き出すきっかけになれたなら、これほどうれしいことはありません。コーヒーはあくまで「接着剤」。主役はそこに集まる「人」なんです。

未来の種⑤

「通過する場所」を「交流する場所」へ

日本に長く暮らしてみて、日本の文化には本当に尊敬できるところがたくさんあります。特に「一貫性」と「真面目さ」は世界一です。例えば、僕が尊敬してやまない、表参道と清澄白河にあるコーヒー豆のセレクトショップ〈KOFFEE MAMEYA〉のバリスタ・國友栄一さん。何時間行列ができても、一人ひとりのお客さんに丁寧に挨拶して、最高のクオリティーの1杯を出し続ける。疲れていても、決して手を抜かない。自分の仕事に誇りと責任を持っている。これは本当にすごいことです。

僕が思う「日本の未来の種」は、日本の素晴らしい技術やホスピタリティーに、「人間味のあるコミュニケーション」をプラスすることにあると感じています。丁寧で正確なサービスに、もうちょっと「会話」や「遊び心」が加わったら、最強だと思うんです。

 

例えば、デパートや駅。今のデパートのインフォメーションカウンターって、結構かしこまっているでしょう? 僕の夢の1つは、デパートの1階の入口に、インフォメーションの代わりにカフェを作ることなんです。そこに行けば、おいしいコーヒーが飲めて、お客さんと「最近どう?」「上の階でこんな面白いイベントやってるよ」なんて自然な会話のなかで情報が得られる。駅もそうです。ただ通り過ぎるだけの場所じゃなくて、地元の情報が集まっていて、街の人たちが挨拶を交わすようなカフェが駅の中にあったら、毎日の暮らしがもっと楽しくなると思っています。

 

効率化や自動化が進む世の中ですが、だからこそ、これからの未来にはアナログな交流の価値がもっと上がっていくはずです。「いってらっしゃい」「おかえりなさい」。そんな言葉が自然に飛び交う場所を、街のなかにもっと増やしていきたい。それが、僕が日本に蒔きたいと思っている「未来の種」です。

〈MIA MIA Kuramae〉のスタッフとヴォーンさん。ここでは、会話が自然に生まれ、元気が循環していく

【編集後記】

以前、オーストラリアのメルボルンとゴールドコーストには大丸の店舗がありました(2002年閉店)。なんとヴォーン少年はお母様とお買い物に来てくださっていたそうで、少なからぬご縁を感じました。ヴォーンさんの溌剌とした表情、話し方や素敵なファッションに見え隠れする、日本に対して抱かれている敬意、そして深い慈愛や思いやりの心に、私はお話を伺っている間ずっと涙が出そうでした。印象深かったのは、「日本に『Gravity』されたんです」とおっしゃったことです。目には見えない強い力が確実にそこにあり、そこが気持ちが潤う日常になる。まさにMIA MIA〉はそんな場所でした。おいしいコーヒーと温かな交流はもちろん、優しいのに心を揺さぶる何かがあり、それこそが種なのだと思います。

(未来定番研究所 内野)

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