生活の多くがオンラインで完結するようになった今でも、私たちは現地でしか得られない何かを求めて外へ足を運びます。時間がかかっても、多少手間がかかっても、わざわざ行きたい。そんな気持ちを抱かせる場には、どんな魅力があり、私たちは何を期待して足を運ぶのでしょうか。F.I.N.では、好きな時に好きな場所へ出かけられる今、「わざわざ行きたい場所には何があるのか」という問いを手がかりに、目利きたちとともに、そこでしか得られない価値を考えていきます。
〈パープルーム〉は、2014年に美術家の梅津庸一さんを中心に結成された美術の共同体です。〈パープルーム予備校〉という私塾を拠点に活動の1つとして段ボール製の移動式ギャラリーからスタートした〈パープルームギャラリー〉は、2018年から神奈川県相模原市に実店舗をオープン。既存のアートシーンとは異なる視点からのキュレーションで展覧会を企画してきました。そんなギャラリーは、2025年8月から同じ神奈川県内中部のベッドタウン・海老名市のダイエー海老名店(現在はイオン海老名店に改称)に移転し、その動向に再び注目が集まっています。梅津さんは郊外のショッピングセンターでのギャラリー運営にどんな価値を見出そうとしているのでしょうか。
(文:西まどか)
梅津庸一さん(うめつ・よういち)
1982年山形県生まれ。美術家、〈パープルーム〉主宰。日本における近代美術絵画が生起する地点に関心を抱く。自画像をはじめとする絵画作品やパフォーマンスを記録した映像作品の制作、展覧会の企画、論考の執筆などの活動に加え、私塾〈パープルーム予備校〉の運営など、多岐にわたる活動を展開。近年の個展に「梅津庸一 クリスタルパレス」(国立国際美術館)、著書に『ラムからマトン』(アートダイバー)など。
絶妙な距離感でひらかれた「ちょっと偏屈」な空間
〈パープルームギャラリー〉が位置するのは、海老名駅のコンコースに直結するショッピングセンターイオン海老名店。高層マンションの建設など駅前の大規模開発が進むなかで、1984年の海老名ショッパーズ開店以降、改称・改装を繰り返しながら40年以上にわたり地域の人々の生活を支えてきた商業施設です。
「『郊外のショッピングセンターで、なんでわざわざ現代美術のギャラリーを?』と不思議がられることも多いのですが、『わざわざ』という言葉の背景には、文化を担う中心的な場としての『都心』と、その周辺としての『郊外』という構図が根強く存在していますよね。強いていえばそういった考え方に対する疑問が、今僕たちが海老名でギャラリーをやっている理由の1つです。
海老名に限らず、都市を囲むベッドタウンは、多くの人たちにとって『生活の拠点』となる場所です。だからむしろ、都心に通勤したり、大きな街の百貨店に買い物に行ったり、上野や六本木の美術館や博物館を訪れることの方が『わざわざ』感がありますよね。そうじゃなくて、もっと等身大で美術と接する機会をつくれないかという思いから、誰もが生活のなかで利用するショッピングセンターにギャラリーを作ることにしました」
とはいえ、ギャラリーに展示されるのは、梅津さん自身による抽象絵画や、気鋭の現代作家たちによる作品。1点1点に詳細な解説が添えられていたり、わかりやすい音声ガイドが用意されているわけではありません。来場者それぞれが自由に作品と向き合えるよう、あえてスタッフ側からコミュニケーションをとりすぎないような配慮がされています。
「郊外のギャラリーだからといっても、ここは地域交流の場ではないので、来場者への声がけなどは最低限にしています。そもそもここは公立美術館ではないですし。
もともと整体院がテナントとして入っていたので、入口には自動ドアが設置されています。通りがかりの人がふらっと立ち寄るような開放的な空間ではないということが、逆に来場者との絶妙な距離感を保つのに役立っていると思いますね。『誰でも来てください』ということではなくて、フィットする人が来てくれればいい。ちょっと偏屈なスペースなんですけど、それこそが狙い。絶妙なバランスでまわっているんです」
小売店が集まるフロアの一角に実店舗を構える〈パープルームギャラリー〉/写真:安藤裕美
既存の仕組みから外れるための実践の場
ギャラリーが入居するのはショッピングセンターの2階にある専門店街の一角。外からは自動ドアのガラス越しにしか様子が見えませんが、中に入ってみると意外にも広々とした空間が広がっています。その面積は相模原にあった旧パープルームギャラリーと比べて数倍にあたるという90平米。縦長の空間を仮設壁で区切って展示スペースにしています。
「2023年末に相模原のギャラリーをクローズして、たまたまここのテナント募集を見かけたんです。でも、郊外とはいえショッピングセンターのテナントですから、アパートのように個人がふらっと行って借りられるわけではありません。ダイエー海老名店時代のエリアマネージャーの人たちと面接をしたり、いろいろと審査を受けたのちにやっとオープンできました。
オープンしてからも、例えば、ギャラリーの場合は展示替え期間の臨時休業日がどうしても発生してしまうので、『なんで定休日以外にそんなに休んでいるのか?』とダイエーの店長さんも戸惑われていました。そこから少しずつ僕たちの活動を施設の運営側やテナント内の他店舗、地域の方々にも理解をしていただけるようになりましたね。今では同じフロアの学習塾に通う子供たちだったり、都心の美術館にはアクセスのしづらい子育て世代の方々なんかが通ってくれています」
2023年12月まで相模原で営業していた〈パープルームギャラリー〉の様子/写真:Fuyumi Murata
現在、ギャラリーの運営は店長を務める梅津さんと、副店長の安藤裕美さんのおふたりが担当。展示の企画・運営、設営などの一切を最小限の人員で行い、収益となるのはおふたりの作品の販売売上のみで、他の作家からは作品販売の際のマージンを受け取っていません。
「この近辺には美術大学が点在していたり、国や地方自治体、企業からの助成金によって運営されているスペースもあります。けれども、僕たちはそれらとは距離を置きたいので、自分たちの作品の売り上げ以外の資金には頼らずギャラリーを継続していく方法を模索しています。
キュレーションに関しても、昨今の現代アートシーンで政治的・社会的な主張の強い作品の存在感が増すなかで、イデオロギーを前面に掲げないように気をつけていますね。もちろん僕にも個人としての主張はあるし、政治や社会に対して言いたいこともたくさんあります。ただ、作家が声高にプラカードを掲げるよりも、いろいろな考えを持った人が作品と向き合う時間と場を提供することの方が、より良い世界に近いんじゃないかって思っています。そういう意味でも、時流を読みすぎないよう気をつけています」
ダイエー海老名店へ移転後、最初に行った展示「表現者は街に潜伏している そして、ショッピングセンターは街そのものである」/写真:Fuyumi Murata
時代を経ても色褪せない「美術」の価値の探究
国際的な芸術祭への参加や、美術館での個展開催など、2000年代半ばから美術家としてのキャリアを重ねてきた梅津さん。展示を企画するキュレーターとの関わりだけでなく、複数の関係者や業者、メディアなどが介在する顔の見えないやりとりを経て消費のサイクルに飲み込まれていくような経験から、次第に制度化された美術業界への疑念を抱くようになったことが、現在のギャラリー運営に繋がっているといいます。
3月まで開催されていた「ダイエー海老名店を銘記するための展覧会 空地のラプソディ」の展示の様子/写真:安藤裕美
「〈パープルームギャラリー〉の運営を通して、基本的な客商売の在り方について考えさせられました。同時に、美術業界の特殊性を思い知らされたというか。美術作品ほど受け身の姿勢でお客様(鑑賞者)を待っているものはないですよね。
今、現代美術の世界には最新のテクノロジーを駆使して、体験型のテーマパークのような世界観を提供している例も散見されます。とはいえ、『美術』というメディアそのものは大きく刷新されてはいないと思うんです。実際、毎年のように印象派の絵画展が開催されていても、ゴッホやセザンヌの作品を『時代遅れ』と冷笑する人はいませんよね。そこには美術独特の『価値の耐久性』が見てとれます、良くも悪くも。とにかく、自分自身が制作と運営の両面から徹底的に美術と向き合うためにも、この無謀ともいえるやり方が、今の僕たちには必要なんです」
現代美術のマーケットが一過性の流行に迎合する状況に対し、梅津さんは自らの生活そのものに美術を取り込むことで、より普遍的な営みを思索し続けています。今後も梅津さんの作家活動に応じて場所や地域を変えて展開していくであろう〈パープルームギャラリー〉。その進行形の実践に立ち会えることこそ、海老名の地を訪れる価値なのかもしれません。
【編集後記】
〈パープルームギャラリー〉は、ショッピングセンターの中にあり、アートに詳しくない人も立ち寄れる場所です。けれど、そこではひらきすぎない距離感が大切にされていて、それがこの場所の魅力をより際立たせているように感じました。また仲介者を挟まずに場をつくり、運営しているからこそ、作り手の考えや姿勢もより直接的に伝わってくるのだと感じました。
自分たちで考え、カタチにしていく姿勢は、つくりたい世界をどう守り、どう続けていくかを考えるうえで、私たちにとっても参考になるように思いました。
(未来定番研究所 榎)